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東京地方裁判所 平成8年(ワ)5748号 判決

原告

ナショナル商事株式会社

右代表者代表取締役

佐藤弘一

右訴訟代理人弁護士

中村智廣

三原研自

右補佐人弁理士

佐々木功

川村恭子

被告

株式会社日本スポーツビジョン

右代表者代表取締役

野﨑伸一

管義弘

右訴訟代理人弁護士

北村行夫

市毛由美子

右訴訟復代理人弁護士

大江修子

右補佐人弁理士

松田三夫

佐藤英二

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告は、別紙「被告標章目録」一及び二記載の標章を付した別紙「商品目録」一及び二記載の商品を輸入し、又は譲渡し、引渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示してはならない。

二  被告は、別紙「被告標章目録」一及び二記載の標章を付した別紙「商品目録」一及び二記載の商品を廃棄せよ。

三  被告は、原告に対し、金一五七三万八一八〇円及び内金一二七三万八一八〇円に対する平成八年四月一三日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、被告が輸入・販売する商品が原告の商標権を侵害するとして、その商品の輸入・販売等の差止め、廃棄、損害賠償(訴状送達の日の翌日からの遅延損害金を含む。)を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、衣料の卸売販売を業とする株式会社であり、被告は、衣類・スポーツ用品、装身具等の輸入、製造及び販売等を業とする株式会社である。

2  原告は、左記(一)及び(二)の商標権を有している(以下、それぞれ「本件商標権一」、「本件商標権二」といい、合わせて「本件商標権」という。また、その登録に係る商標を「原告商標一」、「原告商標二」といい、合わせて「原告商標」という。)。

(一) 出願年月日 昭和五八年一月一二日

登録年月日 昭和六〇年七月二九日

登録番号 第一七九五三二八号

商品区分 商標法施行令(平成三年政令第二九九号による改正前のもの。以下「旧政令」という。)別表の商品区分第一七類(以下、旧政令別表による商品区分を「旧第一七類」のように表示する。)

指定商品 被服、布製身回具、寝具類

登録商標 別紙「原告商標目録」一記載のとおり

(二) 出願年月日 昭和五八年一月一二日

登録年月日 昭和六〇年六月二五日

登録番号 第一七七七三三二号

商品区分 旧第二一類

指定商品 装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉及びその模造品、造花、化粧用具

登録商標 別紙「原告商標目録」二記載のとおり

3  原告は、伊藤忠ファッションシステム株式会社(以下「伊藤忠」という。)に対し、本件商標権一について通常使用権を許諾し(平成七年六月一二日登録)、本件商標権二について専用使用権を設定し(同日登録)、伊藤忠は、フェニックス社等の国内企業に対し、原告商標の使用について再許諾している。

他方、フェニックス社は、イタリアのプロサッカーチーム「JUVENTUS」の標章(ロゴ及びエンブレム等)を繊維製品に付して使用することについて、右チームから許諾を得たカッパ社(イタリア企業)から再許諾を得ているベイシック社(イタリア企業)から更に許諾を受けている。また、伊藤忠は、右チームの標章を、繊維製品以外の商品に付して使用することについて、右チームから許諾を受けるとともに、繊維製品のうちハンカチ、下着、帽子、鞄等に付して使用することについて、フェニックス社から再許諾を受けている。

伊藤忠及びフェニックス社は、原告商標について原告から通常使用権の許諾や専用使用権の設定を受け、あるいはその再許諾を受ける一方で、「JUVENTUS」チームの標章を商品に付して使用することについても、同チームあるいは同チームから許諾を受けた企業から更に許諾を受けた上で、同チームの標章を付した商品を同チームの「オフィシャルグッズ」として日本国内において製造・販売している。

4  被告は、別紙「被告標章目録」一及び二記載の標章(以下、それぞれ「被告標章一」、「被告標章二」といい、合わせて「被告標章」という。)を付した別紙「商品目録」一及び二記載の商品(ただし、ソックス及びショーツを除く。被告がこれらを輸入・販売しているかどうかについては争いがある。)を、平成四年一二月九日ころからイタリアから輸入し、日本国内で販売している。

5  被告標章は、原告商標と同一又は類似し、また、被告が被告標章を付して輸入、販売等している商品(以下「被告商品」という。)は、原告商標の指定商品と同一又は類似する。

二  争点

1  被告標章は商標として使用されているか。

(原告の主張)

(一) 商標の自他商品の識別機能、出所表示及び品質保証機能は、誰が出所を表示し、誰が品質を保証しているかという問題ではなく、消費者側からみて、一定の商標が付された商品は一定の出所から流出していること、一定の品質が保持されていることが確保されることである。そして、消費者がある標章を目印として商品を購入するときは、当該目印は自他商品の識別力を備え、商標として機能している。

被告標章は、サッカーチームの名称を示すものであって商品の製造販売主体を示すものでないとしても、それが商業的に利用され、各種商品に付されて、チームが商品化することを正式に承諾したいわゆる「オフィシャルグッズ」として一般消費者の購買の対象となるときは、チームやチームの加盟するサッカー連盟との関係で商品化について許諾を受けた特定の使用権者の輸入販売に係る商品であるとの認識を容易に持つことができ、需要者はチームを示す文字やマークを目印として購入し、かつ、品質に信頼を寄せることができるのであるから、そこに一定の出所表示機能及び品質保証機能を具備しており、商標として機能しているといえる。

(二) 被告商品には、別途「KAPPA」や「Basic」の表示が付されているものもあるが、出所表示として商品に付される商標は一つのみとは限られないから、商品の製造販売主体を示す別の表示があっても、それによって直ちに被告標章の使用が商標としての使用といえなくなるものではない。

また、被告標章が商品の最も目立つ位置に置かれ、商品の前面や背面の大半を覆うようになっているとしても、「JUVENTUS」の文字が特段装飾されているわけではない以上、一般消費者は、これを単なるデザインとしてではなく、自他商品を識別する標識と認識するものであり、被告標章が商標として使用されていることに変わりはない。

(三) したがって、被告商品に付されている被告標章は、商標として使用されているというべきである。

(被告の主張)

(一) 被告標章は、イタリアの著名なプロサッカーチーム「JUVENTUS」の名称を表し、サッカーを行う集団・団体を表示するものであり、商品の製造販売に係る出所、製造販売主体とは無関係に成立している標章であって、一般消費者に対し、サッカーチームの名称であることを認識させる以外に当該商品の製造・販売者が誰であるかを認識させる性質のものではなく、商標のような自他の商品を識別する機能を有していない。

(二) 被告商品は、いずれも前記サッカーチーム「JUVENTUS」がイタリアのカッパ社にライセンスを与え、カッパ社からその商標及び商品製造の権利を授与されたイタリアのベイシック社等が同チームのファン用に製造販売しているいわゆる「オフィシャルグッズ」と呼ばれる商品である。このようなオフィシャルグッズの販売が業として成り立つのは、チームに多数のファンがおり、その表裏の関係として、チーム名を表す標章が当該チームの持つ「力強さ」や「スピード」等々のファンにとって好ましいイメージを表示し、右イメージを商品に体現しているからである。チーム名を表す被告標章は、オフィシャルグッズである被告製品においては、チームとの一体性を表示する一方、デザインとして機能し、その意匠的・意味的効果としての「力強さ」や「スピード」等々を感じさせ、一般公衆の購買意欲を喚起するために表示されているものであり、商標としての自他商品の識別、出所表示及び品質保証機能を有するものではない。

(三) 被告標章は、商品の最も目立つ位置に置かれ、そのうち多数が商品の前面や背面の大半を覆うような態様で使用されていること、「KAPPA」や「Basic」という著名なメーカーの表示がえり吊りネーム、吊り札等に別途表示されていることなどに照らせば、被告商品における被告標章の使用は、いずれも自他商品の識別、出所表示及び品質保証機能を発揮するものではない。

(四) したがって、被告商品に付されている被告標章は、商標として使用されているものではない。

2  権利濫用の抗弁の成否

(被告の主張)

(一) サッカーチーム「JUVENTUS」は、原告商標が出願された昭和五八年当時、既に世界的に著名なプロサッカーチームであり、その略称と同一の綴り字からなる原告商標は、他人の著名な略称を含む商標(商標法四条一項八号)、他人の業務と混同を生じるおそれのある商標(同項一五号)として無効とされるべきものである(現に、別の指定商品について平成五年に原告商標と同一の商標についてされた商標登録出願に対しては、いずれも他人の著名な名称又は略称を含むことを理由として拒絶査定がされている。)。

また、同チームの著名性に加え、原告代表者が昭和五八年当時、業務のために度々イタリアに渡航し、同国の事情に精通していたとともに、熱烈なサッカーファンであって、同チームの存在を知らなかったとは考えられないことなどに鑑みれば、原告による原告商標の登録出願は、日本における同チーム関連の商品市場を独占しようとする不正の目的をもってなされた、国際的信義に反する行為といえ、原告商標は、公序良俗に反する商標(同項七号)として無効とされるべきものである。

(二) いわゆる真正商品の並行輸入の問題は、商標権の根源が外国商標権者にある場合ではなく、商標権の根源が内国商標権者にある場合においても生じ得るものであり、内国商標権者が外国拡布者からの輸入品に対して商標権を行使し得るかどうかは、これを認めるべき実質的理由の有無を商標法の目的に照らして判断して決すべきであって、その実質的理由がない場合には、権利の濫用としてその権利行使が否定されるというべきである。

被告商品は、サッカーチーム「JUVENTUS」の標章を付して使用することについて適法に許諾を受けたベイシック社がイタリア国内において製造・拡布した商品を、被告が正規の手続を経てイタリアから我が国に輸入した商品である。他方、前記のとおり、伊藤忠及びフェニックス社は、原告から原告商標についての使用許諾(再許諾を含む。)を受ける一方、右サッカーチーム等から同チームの標章(ロゴ及びエンブレム等)を商品に付して使用することについての許諾も受けて、同チームの標章を付した商品を右サッカーチームのオフィシャルグッズとして日本国内において製造・販売しているものである。被告商品と伊藤忠及びフェニックス社の製造・販売に係る商品は、直接の製造者を異にするものの、いずれも「JUVENTUS」チームの標章の使用について同チームの許諾に根源を有している点で全く共通するものであり、この意味で、被告商品の輸入は、いわゆる真正商品の並行輸入に該当するといえる。そして、「JUVENTUS」チームの標章は、世界的に著名な商標であるところ、原告は、右チームのオフィシャルグッズを製造・販売する内国の第三者たる伊藤忠に対して原告商標の使用を許諾し、これによって、原告商標は、遅くとも平成七年四月一日以降、原告以外の者(「JUVENTUS」チーム)を出所の主体とする商標として日本国内の相当数の取引者や需要者に認識されてきたものである。

したがって、原告商標の有する原告の出所を表示する機能等は、原告自らの伊藤忠に対する使用許諾という行為によって毀損され、右オフィシャルグッズとの関係では発揮できない状態となったものといえ、たとえ原告が被告の販売する製品と同種製品を輸入・販売しているわけでなく、自ら独自の商品を製造・販売しているとしても、原告が被告に対し商標権を行使することは、現時点においてこれを認めるべき実質的理由を欠くものといわざるを得ない。

(三) 以上によれば、原告が被告に対し本件商標権を行使することは、権利の濫用として許されないというべきである。

(原告の主張)

(一) 原告代表者は、昭和五七年ころにイタリアを訪れた際、「Juventus」という店名のブティックの雰囲気と商品が気に入り、「Juventus」が青春を意味することも聞き知っていたことから、日本でも「Juventus」の商標で商品を製造・販売したいと考えて、イタリアのサッカーチームの名称とは全く無関係にこれを選択し、商標登録出願をしたものであって、同チームを意識した使用はしていない。また、昭和五八年当時、我が国においては、イタリアのサッカーチームの名前などはほとんど知られておらず、その名称を商品に付すほどの魅力も全くなかった。

したがって、原告商標は、商標法に違背して登録を受けたものではなく、無効とされるべきものではない。

(二) 原告と、イタリアのサッカーチーム「JUVENTUS」及び同チームからイタリア国内で「JUVENTUS」の名称を利用して商品を製造・販売する権利を許諾されている企業とは、全く関係がない。イタリア国内における「JUVENTUS」チームの標章を付した商品の拡布者と原告とは同一人ではなく、また、同一人と同視されるような特殊な関係にもないので、真正商品の並行輸入とされる前提を欠いており、本件においては、真正商品の並行輸入の問題を論ずる余地はない。

被告は、原告が伊藤忠に原告商標の使用を許諾した点をとらえて、原告自らが原告商標の出所表示機能等を毀損しているから、原告が本件商標権を行使することは権利の濫用である旨主張するが、原告は、伊藤忠からの是非とも原告商標の使用を許諾してほしいとの要請に応えたものであり、これは商標権者としての正当な権利行使である。

(三) 原告は、被告の販売する製品と同種の製品を輸入・販売しているわけではなく、自ら「Juventus」という商標を付した独自の商品(婦人服)を昭和五八年ころから現在まで継続して製造・販売しており、「Juventus」という商標は、出所表示機能、品質保証機能が維持・期待されているものであり、また保護されるべきものである。

(四) 以上によれば、原告が被告に対し商標権を行使することは、権利濫用に当たらない。

3  被告は被告標章を付したソックス及びショーツを輸入・販売しているか。

(原告の主張)

被告は、被告標章を付したソックス及びショーツを輸入・販売している。したがって、原告は、被告に対し、ソックス及びショーツについても、その輸入・販売等の差止め等を求め得る。

(被告の主張)

被告は、被告標章を付したソックス及びショーツを輸入・販売していない。

4  原告の損害額

(原告の主張)

(一) 被告は、平成四年一二月九日から平成七年六月三〇日までの間に、本件商標権一に対する侵害行為により合計一億二一七九万七〇〇〇円、本件商標権二に対する侵害行為により合計五五八万四八〇〇円の売上を上げているところ、被告に通常使用権を許諾して原告商標を使用させるとすれば、少なくとも一〇パーセントの割合の使用料を請求すべきものであるから、商標法三八条三項に基づき、原告は、右売上総額一億二七三八万一八〇〇円に右使用料率一〇パーセントを乗じた一二七三万八一八〇円の損害を被った。

なお、被告が輸入・販売している商品は、材質や機能の点で一般の需要者を対象にした一般の被服と何ら相違ないものであり、それらはTシャツ、半袖シャツ、長袖シャツ、短パン(ハーフパンツ)、ショーツ等に分類できるものである。原告は、本件商標権に対する侵害行為による売上に旧第一七類及び旧第二一類から除外されている商品を含めてはいない。

(二) 本件商標権侵害差止等請求訴訟は専門的知識を必要とし、原告は弁護士に訴訟を委任せざるを得なかったものであり、その弁護士費用は、三〇〇万円を下らない。

(三) したがって、原告の損害額は、一五七三万八一八〇円である。

(被告の主張)

原告がその損害額算定の根拠としている一覧表は、本件訴訟係属前の和解交渉中に、原告の求めに応じて全伝票の記載をそのまま書き出して作成したものであり、商標法上の商品分類を意識して書かれたものではなく、商品名自体一貫性を欠くものであるから、被告が販売した商品が旧第一七及び二一類に属することを証明し得るものではない。

また、右一覧表には、ユニホーム、ベンチコートなど旧第一七及び第二一類から除外されている運動用特殊被服及び運動具(旧第二四類)に属する商品が相当含まれており、これを含めた額を本件商標権の侵害行為による売上とする原告の主張は、失当である。

第三  当裁判所の判断

一  被告標章は商標として使用されているか(争点1)について

1  甲第一四号証、乙第一号証の一ないし三、第二号証、第三号証ないし第六号証の各一及び二、第二六号証の一、第二七号証の一、第二八号証、第三〇号証一及び三、第五二号証、第五三号証、第五四号証並びに弁論の全趣旨によれば、被告標章一は別紙「被告標章目録」一記載のとおり、欧文字で「JUVENTUS」と横書きされたものであり、被告標章二は別紙「被告標章目録」二記載のとおり、内部に黒白の縦縞模様が付された縦長の楕円形において上部に欧文字で「JUVENTUS」と横書きされるとともにその下部に王冠と獣からなる紋章が描かれたものであって、いずれもイタリアのプロサッカーチーム「JUVENTUS FOOTBALL CLUB」が使用する標章であること、被告商品において、被告標章は、複数の種類の異なる商品に対し、いずれも当該商品の最も目立つ位置に付されていること、被告は被告商品を右プロサッカーチームのオフィシャルグッズとして販売していることが認められる。

2  右認定の事実からすれば、被告商品において、被告標章は、これに接した一般消費者に対して一定の出所を指示する態様で用いられているといわざるを得ず、商標として使用されているものというべきである。

なお、被告標章が一般消費者に対し装飾的、意匠的な美感に訴える面を有しているとしても、それによって商標自体が有する商品の識別機能が失われるものではなく、また、被告商品に被告標章以外にその製造販売主体を示す別の表示があっても、それによって直ちに被告標章の使用が商標としての使用といえなくなるものではない。

二  権利濫用の抗弁の成否(争点2)について

1  甲第三号証ないし第五号証、乙第八号証及び第九号証の各四ないし一〇、第八号証及び第九号証の各一三ないし一五の各一及び二、第一三号証ないし第一五号証の各一及び二、第一六号証、第一七号証、第三四号証及び第三五号証の各二ないし三六、第四七号証の一ないし三、第四八号証の二、三及び五、第六三号証、第六四号証並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告商標は、別紙「原告商標目録」記載のとおり、欧文字で「Juventus」と横書きされたものの下に線が引かれたものである。

被告標章一は、別紙「被告標章目録」一記載のとおり、欧文字で「JUVENTUS」と横書きされたものであり、被告標章二は、別紙「被告標章目録」二記載のとおり、内部に黒白の縦縞模様が付された縦長の楕円形において上部に欧文字で「JUVENTUS」と横書きされるとともにその下部に王冠と獣からなる紋章が描かれたものであって、いずれもイタリアのプロサッカーチーム「JUVENTUS FOOTBALL CLUB」が使用する標章である。

(二) サッカーはイタリア共和国の国技であり、同国においては、人々は幼少のころからサッカーに親しみ、国民の多くがサッカー愛好者である。イタリアのプロサッカーの一部リーグである「セリエA」は世界最高水準のサッカーリーグとして広く知られているところ、同リーグには、ローマ、ミラノ、ナポリ、ジェノバ、トリノなどの各都市に本拠を置く複数のチームが所属しており、それぞれのチームには熱狂的なファンが存在する。

「JUVENTUS FOOTBALL CLUB」は、トリノに本拠を置く、一八九七年に創立されたセリエA所属のプロサッカーチームであり、「JUVENTUS」と略称される。一九〇五年に初のリーグ優勝を果たして以来、一九八一年(昭和五六年)から一九八二年(昭和五七年)にかけてのシーズンまでにリーグ優勝二〇回を数え、最近に至っても、一九九四年(平成六年)から一九九五年(平成七年)にかけてのシーズンで通算二三回目のリーグ優勝を果たし、セリエAにおいて最多リーグ優勝記録を誇っており、また、一九八五年(昭和六〇年)には、「欧州三大カップ」と称される「欧州チャンピオンズリーグ」、「欧州カップ・ウィナーズカップ」及び「UEFAカップ」のすべてを世界で最初に制覇するなどの輝かしい実績を有する、イタリア国内で最も著名かつ由緒あるサッカーチームの一つである。

セリエA所属のチームの多くは、かなり古くから、ワールドカップで活躍した欧州や南米等の有名選手を招へいして試合に臨んでおり、また、前記の「欧州三大カップ」や、一九六〇年(昭和三五年)以来行われている欧州と南米のチャンピオン同士が争う事実上のサッカーのクラブチーム世界一決定戦である「ヨーロッパ・サウスアメリカ・カップ」など、世界の強豪を相手に対戦する機会もあり、その外国選手の活躍振りや世界的対戦を通して、セリエA所属のチームの多くがイタリア国内のみならず、世界的に知られるに至っている。

(三) 我が国においては、従前から、「サッカーダイジェスト」等のスポーツ雑誌にセリエA所属のチームや選手の記事が掲載されていたが、一九八〇年度(昭和五五年度)からは、前記「ヨーロッパ・サウスアメリカ・カップ」がいわゆる「トヨタカップ」として東京で開催されるようになり(それまでは出場チームの各地元におけるホームアンドアウェー方式による対戦が行われていたが、地元ファンの過熱などの理由で地元での開催が困難となり、東京において行われる一試合によって勝敗を決する方式が導入された。)、以後、セリエA所属のチームや選手が知られるようになっていった。そして、「JUVENTUS」チームは、昭和六〇年(一九八五年)一二月六日、国立競技場(東京)で六万二千人の観衆を集めて行われた「第六回トヨタカップ」に欧州代表として出場してアルゼンチンの「アルヘンチノス・ジュニアーズ」と対戦し、PK戦の末、南米勢の六連覇を阻んで欧州に初のタイトルをもたらした。このニュースは、翌日の朝日新聞、読売新聞、毎日新聞及び日本経済新聞等に掲載され、また、この試合の模様は、テレビ放送により全国的に放映された。

その後、我が国においても、プロサッカー競技に対する関心が高まり、平成三年にはいわゆる「Jリーグ」が創設され、以後、サッカー愛好者が飛躍的に増大し、それとともに、海外の強豪プロサッカーチームやそこで活躍する選手が日本国内でも広く知られるようになった。

「JUVENTUS」チームは、平成八年一一月二六日、東京・国立競技場で四万八千人余の観衆を集めて行われた「第一七回トヨタカップ」に欧州代表として出場してアルゼンチンの「リバープレート」と対戦し、二度目のトヨタカップ優勝を飾った。このニュースは、翌日の朝日新聞、毎日新聞及び産経新聞等に掲載されるなどし、現在では、「JUVENTUS」チームの名称は、日本国内で広く知られるに至っている。

(四) 「Juventus」という語については、ラテン語を語源とする青春という意味の語であることがうかがえるが、「新伊和辞典・増補版」(白水社発行)及び「伊和中辞典・改訂第二版」(小学館発行)には、いずれもサッカーチーム「JUVENTUS」を表す固有名詞である旨の記載があり、それ以外の意味を有することを示す記載がないこと(当裁判所に顕著な事実である。)からすれば、「Juventus」という語がイタリア語において必ずしも同チーム以外のものを表す一般的な用語であるということはできない。

(五) 原告代表者は、本件商標権に係る商標登録出願をした昭和五八年一月当時、すでに度々イタリアに渡航し、同国の事情に精通しており、また、サッカー愛好者であった。

原告は、平成三年七月、原告商標とほぼ同一の外観を有する商標について、時計、眼鏡、これらの部品及び附属品(商品区分旧二三類)、おもちゃ、人形、娯楽用具、釣り具、楽器、演奏補助品、蓄音機、これらの部品及び附属品(商品区分旧二四類)、紙類、文房具(商品区分旧二五類)をそれぞれ指定商品として商標登録出願をし(右の指定商品は、いずれも原告の事業内容とは関連性のないものである。)、いずれも平成六年三月には商標登録されたが、平成九年一一月、右各商標登録をいずれも無効とする旨の審決がされ、右審決は確定した。

また、原告は、平成五年四月、原告商標とほぼ同一の外観を有する商標について、二輪自動車、自転車並びにそれらの部品及び附属品、菓子及びパン、清涼飲料及び果実飲料をそれぞれ指定商品として商標登録出願をし、さらに、同年六月には、上段に欧文字で「JUVENTUS」と横書きされ、下段に片仮名で「ユベントス」と横書きされた商標について、写真機械器具、映画機械器具、光学機械器具及び眼鏡を指定商品として商標登録出願をしたが(右の指定商晶は、いずれも原告の事業内容とは関連性のないものである。)、いずれの商標登録出願に対しても、拒絶査定が確定し、又は登録異議の申立てに基づく取消決定がされた。

原告は、平成六年二月ころ、伊藤忠から、「JUVENTUS」チームのグッズを日本で商品化するに当たり、原告が本件商標権を有していることから、問題が生じないようにするため、原告商標の使用許諾を得たい旨の申入れを受けた。そこで、伊藤忠と協議した末、同年四月、伊藤忠に対し、本件商標権一について通常使用権を許諾するとともに、本件商標権二及び平成三年七月出願に係る前記各商標権について専用使用権を設定し、平成七年四月、その旨の登録をした。

(六) 被告標章は、いずれも「JUVENTUS」チームの標章であり、同チームがイタリアのカッパ社にその使用を許諾し、カッパ社からその標章使用に関する権利を授与されたイタリアのベイシック社等が被告標章を付した別紙「商品目録」一及び二記載の商品(ただし、ソックス及びショーツを除く。)を製造・販売しているものである。右商品は、ベイシック社等が同チームの標章を付して使用することについて同チームから適法に許諾を受けて製造・販売した商品であり、被告商品は、被告がこれを正規の手続を経てイタリアから我が国に輸入して販売しているものである。

3 右に認定したイタリア国内におけるサッカー事情や「JUVENTUS」チームの著名性、昭和五五年度から「ヨーロッパ・サウスアメリカ・カップ」が「トヨタカップ」として東京で開催されるようになったこと、原告代表者が昭和五八年一月当時、サッカー愛好者であるとともに度々イタリアに渡航して同国の事情に精通していたこと等の事実関係に、原告商標と被告標章の類似性に争いがないことを併せ考えれば、原告商標は「JUVENTUS」チームの名称に由来するものといわざるを得ず、原告はこれを知った上でその商標登録出願をしたものというべきである。そして、原告が「JUVENTUS」チームからその名称を使用することについて許諾を得たことをうかがわせる証拠がない一方、原告は、我が国において「Jリーグ」が創設された平成三年以降、自らの事業内容とは関連性のない別の指定商品について、原告商標とほぼ同一の外観を有する商標や、上段に欧文大文字で「JUVENTUS」と横書きされ、下段に片仮名で「ユベントス」と横書きされた商標について商標登録出願をしたり、平成六年二月ころ、伊藤忠から同チームのグッズを日本で商品化するに当たり原告商標の使用許諾を得たい旨の申入れを受けて、同年四月、伊藤忠に対しその使用許諾をしたこと、現在「JUVENTUS」チームの名称が日本国内で広く知られていることなどの諸事情に照らせば、原告は、我が国においてサッカー人気が高まるなか、原告商標が「JUVENTUS」チームの名称に由来するにもかかわらず、商標権が自己に帰属していることを奇貨として、その由来元に当たる同チームから適法に許諾を受けて同チームの標章を使用する者に対し、本件商標権を行使して、その使用を妨げようとしているものであるといえる。原告によるこのような本件商標権の行使は、正義公平の理念に反し、国際的な商標秩序に反するものといわざるを得ない。したがって、原告の本訴請求は、公正な競業秩序を乱すものとして、権利の濫用に当たるというべきである。

4  原告代表者は、その陳述書(乙第六三号証)において、昭和五七年六月ころ、イタリアを旅行した際に、ミラノで「Juventus」という婦人服を扱っているブティックを知り、「Juventus」が青春を意味することも聞き知っていたことから、日本でも「Juventus」の商標で商品を製造・販売したいと考えて、イタリアのサッカーチームの名称とは全く無関係にこれを選択し、商標登録出願した旨を供述するが、前記認定の事実関係に加え、ミラノの「Juventus」という店名のブティックが存在していたことを裏付ける客観的証拠が一切ないことなどに照らせば、右供述は直ちに採用し得るものではない。

また、原告商標は、「JUVENTUS」チームの標章と同一の外観を有するものではないし、甲第一三号証ないし第一六号証、第三〇号証の一ないし三、第三一号証、第三二号証及び乙第六三号証によれば、原告は自ら、原告商標を付した独自の商品(婦人服)を昭和五八年ころから現在まで継続して製造・販売していた事実が認められるが、いずれの点も、原告商標が「JUVENTUS」チームの名称に由来することを否定するに足りるものではない。

なお、原告は、昭和五八年当時、我が国においては、イタリアのサッカーチームの名前などはほとんど知られていなかった旨を主張するが、仮に、その当時、「JUVENTUS」チームの名称が我が国で著名であったとは認められず、原告商標に商標登録を無効とすべき事由があるとまで認められないとしても、原告商標の由来する名称を有するサッカーチームからその名称使用の許諾を得た商品の販売に対して本件商標権を行使することが権利濫用に当たると判断することが妨げられるものではない。

三  以上によれば、原告の請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三村量一 裁判官長谷川浩二 裁判官中吉徹郎)

別紙原告商標目録〈省略〉

別紙被告標章目録〈省略〉

別紙商品目録〈省略〉

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